2020年10月21日水曜日

「穣の一粒」を拝読

9月26日のブログに 、「佐野でオーストラリア産の米」について書きました。オーストラリアで稲作の礎を築いた高須賀穣に興味を持ち、「穣の一粒」という本を読みました。


1865年に愛媛県松山市で生まれた高須賀穣は、慶應大学卒業→アメリカ留学→国会議員という経歴を持ち、1905年に家族を連れて、オーストラリアのメルボルンに渡りました。白豪主義(白人中心主義)の時代に人種差別を受け、何度も洪水に見舞われ、稲作が軌道に乗るまで、相当苦労したことがわかります。

僕が初めてメルボルンに行ったのが1989年なので、その80年以上前に、日本人の家族がメルボルンに移住していたと知り、親しみを持ちました。もちろん当時、僕は高須賀穣のことは全く知りませんでした。



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